上神野と茶の文化

上神野では茶をはじめさまざま種類の薬草茶が栽培され飲まれています。そしてこの地域の茶の食文化といえばなんと言っても「茶粥」。朝ごはんには米から茶粥を炊くのが伝統的な朝ごはん。古い家にあるかまど「へっついさん」には、煮炊きをする釜とお茶を湧かす釜との二つがあるのだとか。この地域の茶粥の特徴としては「粉茶」を焙じて使うこと。奈良や他の地域では番茶を使い粉茶は使わないようです。
「うえみなみ」などの民泊に宿泊すると熱々の茶粥の朝ごはんを高野山の山々の絶景の中で味わうことが出来ます!

茶の伝来と上神野


紀州には新しい食や文化を日本に伝えた偉人がずらり!

遣唐使が廃止されて以降には大陸との交流もとだえたように思われがちですが、平家の主導する民間貿易や、特に仏教を通したつながりはまた新しい形の文化を日本列島にもたらしました。
密教の新しい潮流、禅や念仏といった最新の流行も留学僧からもたらされるようになりました。 そうしたムーブメントの中で、上神野はさまざまな食材が日本に入ってきた食文化創造のストーリーとの国際的なゆかりも持っています。
茶の開祖 は明恵上人?

日本に茶が伝来したのは鎌倉時代、意外なところで茶の伝来は上神野 ともまた意外なゆかりを持ってます。宋に渡った日本の禅宗の開祖とされる栄西が茶を持ち帰った訳ですが、その苗を譲り受けて日本ではじめて栽培したといわれるのが神護寺の僧明恵上人。明恵上人は栄西から茶の苗を譲り受け、京都栂尾高山寺に日本ではじめての茶畑を作ったと伝えられています。明恵上人は茶どころ宇治では「茶の開祖」と考えられています。

金山寺味噌と法燈国師


茶をはじめ饂飩、そうめん、豆腐、納豆など鎌倉時代から室町時代にかけて大陸から留学僧たちがさまざまな食材を持ち帰り、日本の重要な食文化を作っていきます。重源の次の世代の中心人物が宋の径山寺に留学した心地覚心(法燈国師)でした。彼が紀州の人々に伝えたのが径山寺味噌(金山寺味噌)といわれています。法燈国師にはアニメチ ックな伝承が多く、野 上八幡宮の神官の娘の 病気を祈祷で治した際 に八幡神と問答をする という話が伝わってい ます。

茶摘み体験は初夏の人気里山交流イベント!

茶摘み体験は初夏の人気里山交流イベント!お茶やさまざまな薬草茶豊富な上神野はハーブな茶どころ。茶摘み体験も人気です。







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